ピアノソナタ難易度比較、ラフマニノフ&スクリャービン
腕に自信のあるピアノ弾きならぜひとも挑戦したい、近代のかっこいいピアノソナタの難易度をまとめてみました。
今回は下の表の左2つ、同級生同士のラフマニノフとスクリャービンについて全曲解説を行います。プロコフィエフ等は別記事を作成しましたので、こちらをご覧下さい。
難易度一覧表
表のリンクをタップ・クリックすると各曲の解説に飛びます。
ランク | ラフマニ | スクリャ | プロコ | 近代その他 |
---|---|---|---|---|
▼雲の上 SSS | ||||
SS | 4番, 8番 | バーバー | ||
S | 2番初版 | 5番, 10番 | 7番 | バルトーク |
▼上級上 AAA | 2番改訂版 | 2番, 3番 | ||
AA | 1番 | 1番, 6番 | 3番, 6番, 8番 | |
A | 7番(白ミサ) 9番(黒ミサ) | 2番 | ベルク | |
▼上級 BBB | ラヴェル (ソナチネ) |
ご覧の通り、意外にラフマニノフの難易度が高くないことに気付くのですが、この理由はシンプルで「ラフマニノフは無茶振りが少ない」という1点に尽きます。演奏困難な重音や、聴衆に見せつけるような派手な跳躍が少なく、あくまで「音楽的な欲求を追い求めていったら結果的に難しくなってしまった」という曲がほとんどです。
当ブログでは自作のピアノ曲の音源と楽譜を公開中です!
ラフマニノフ
[S] 2番初版(1913年)
ラフマニノフのピアノソナタ2番は、作曲者による改訂が行われています。曲の冗長さを気にかけて(初版でも全部で20分ほどですから、そんなに長いとも言えないですが)構成をすっきりさせた形になります。
ただ、名人芸的なパッセージの多くが失われたのも事実で、ピアニストによっては初版を選んだり、ホロヴィッツなど独自につなぎ合わせて演奏したりというパターンも多く見られます。
初版は技巧的に大変華やかで、さりげない経過句ですら多数の音を使って彩っていますが、その分ソナタの主題が埋もれてしまうのではと感じる面も。ラフマニノフはピアノ協奏曲3番辺りから和声外音の半音進行を積極的に取り入れ、ハーモニーをより複雑にしているのですが、このソナタでもその手法が顕著に見られ、譜読みは結構面倒です。
[AAA] 2番改訂版(1931年)
私の好みでは、改訂版の方に魅力を感じます。構成面で引き締まっており、それぞれの主題の美しさがより引き立っている印象です。全体的に、ソナタの主題に絡まない部分で大胆なカットが施されました。例えば1楽章では提示部の結尾部分、カデンツァ的に派手に鳴っていた部分がバッサリと切り落とされ、静かに終わる形となっています。
ピアノ書法が書き改められた部分はほとんどないのですが、冒頭がちょっとだけ変わりました。まるで列車が「ガタンゴトン」と揺れるような激しい響きで、初版では下のような音型だったのが、
とても弾きやすい形に変更されています。
演奏効果的にはこれで十分なのですが、なんとなく寂しさを覚えるピアニストの気持ちもわかります。
[AA] 1番
ニ短調という調指定は「ピアノ協奏曲第3番」を思い起こさせますが(作曲時期も近い)、このピアノソナタはあちらの作品ほどのロマンティックさはなく、楽式的にもピアノ書法的にも直線的でかっちりした雰囲気を感じる作品だと思います。
曲は大規模なものの同一の音型が多く、ラフマニノフとしてはテクスチャーも比較的薄めですが、それでもピアノは十分派手に鳴ります。
スクリャービン
スクリャービンは前期(1~3番)、中期(4~5番)、後期(6~10番)と段階的に作風が変わっていきます。前期は旋律が大変美しく、ショパンのノクターンとも共通する叙情性を持っているのですが、徐々にマニアックな、いえ独自の音楽語法を切り開いていきます。
後期作品は属七和音を発展させた「神秘和音」の響きによる無調作品が主体となります。神秘和音なんて言うと怪しげですが、要するにセブンスコードにテンションをたっぷり盛り付けた和音と考えればOKで、ジャズ畑の人は似たような和音を普段から使いこなしています。
[SS] 4番
スクリャービンのピアノソナタで一番難しい曲として、こちらをピックアップしました。スクリャービンの楽曲は左手の動きが忙しく、「左手のコサック」という呼称もありますが、こちらの2楽章は右手・左手どちらも忙しく動き回ります。
2楽章展開部は特に運動の量が多く、例えば左手を目一杯に広げた状態でアルペジオを弾くのと同時に、親指で主題の旋律を拾っていく箇所があるなど、とにかく大変。それに続く箇所も左手の動きがものすごいことになっています。
[SS] 8番
音響的に爆発するような盛り上がりこそないものの、実は後期ソナタで一番の技巧派。広い音域での多声部処理が要求されます。またドビュッシーのエチュードを思い起こすような4度の重音は爽やかな響きなのですが、サラリと弾くのは相当困難です(空いた手を使えば多少は楽になるとは思うのですが)。和声的にもドビュッシーとの共通点が多く、ドビュッシーがよく使った、リディア旋法の第7音を下げた音階(ドレミファ#ソラシbド、自然倍音列に近いと言われる)がところどころ見られます。
[S] 5番
後期への橋渡しとなる作品ですが、まだ調性は感じ取ることができます。Sランクとしましたが、実は曲の半分以上は2ランク下のAA程度の難易度で弾けます。第1主題の跳躍が本当に激しく、ただし羽ばたくように軽やかに弾かなくてはいけません(4番と共通する難しさです)。II-V進行で力強く飛翔するこの高揚感はスクリャービンならではです。
[S] 10番
個人的には後期ソナタで一番好き。どことなく土や風のオーガニックな(?)香りを感じる作品だと思います。作曲者いわく「昆虫のソナタ」だそうですが、確かにコーダの音型がピョンピョンよく飛ぶんです。演奏者は跳躍と音域の広いアルペジオで翻弄されるのですが、やはり極めて軽いタッチで弾かないといけないので厄介。第1主題は右手で旋律とオスティナートの2声部を同時に弾く必要があり、これも指がもつれます。
[AAA] 2番
低音から高音まで、ピアノという楽器の魅力を十分に伝えてくれる作品です。さざ波のように穏やかな1楽章、打って変わって荒れ狂う無窮動の2楽章の対比が鮮やかで、いずれも魅力的なハーモニー・旋律を持っています。一般受けも非常によい作品だと思いますので、コンサートピースとしてぜひ!
難易度の点ではどうしても激しい2楽章に注目が行きがちですが、1楽章もさりげなく忙しいです。細やかなパッセージの中から息の長い旋律を拾っていくという、ラフマニノフ的処理が大事。
左手の移動量もスクリャービンらしく頻繁なものの、リラックスしてうまく演奏できれば、星がまたたいているような幻想的な演出ができると思います。
[AAA] 3番
2番同様、こちらも優美な旋律をたくさん持った作品となります。1〜3楽章は2ランク落として難易度Aあたりになるでしょうか。ただ4楽章の左手、広い音域での伴奏音型が難しいため、これを考慮してAAAランクとしました。ただし、空いている右手で一部の音を拾えばだいぶ楽に弾けると思います。この左手の部分、実はスクリャービン自身は多少手抜きして弾いていたらしいのです。
[AA] 1番
スクリャービンの作品では珍しく、無骨でロシア的な雰囲気。アクセントをずらしたり、3連と4連を組み合わせたり、リズムの面で色々と趣向を凝らしています。演奏する際はオクターブ奏法が多く、結構疲れがたまりやすいと思います。アルペジオも激しいですが、5度の動きが多くなかなか響きが充実しないため余計に疲労感を覚えるかもしれません。
[AA] 6番
ピアノ書法は次に続く7番とよく似ているものの、こちらの方が手の開きや跳躍で少し難易度が高くなっています。再現部で3段譜が出てくる部分の声部の弾き分けが大変で、4声部ほどを同時にさばいていかなければいけません。
全体的にドロドロした響きを感じると思いますが、これは2つの減七和音を重ねた旋法によるもので、上のパッセージではド#レミファソソ#ラ#シの音階となります(G音はダブルシャープのF、つまりFisisで記譜)。後にメシアンが「移高が限られた旋法」の第2旋法として定義したもので、メシアンの曲でもよく使われています。
[A] 7番「白ミサ」
先ほどの6番に比べて、音響的に派手で盛り上がりの多い作品です。ただし技巧面から楽譜を見てみると、ポリフォニーの組み立てはあっさりしており、若干ですが弾きやすくなっています。上で述べた「移高が限られた第2旋法」はこの曲でも頻繁に使われています。
[A] 9番「黒ミサ」
スクリャービンの後期ソナタで一番取り組みやすい作品だと思います。この作品の注目点は、弱音で始まった曲が少しずつ音量を上げ、曲のクライマックスで最高潮に達するという一直線の強弱指定になっているところ。雰囲気は全く違いますが、ラヴェルの「ボレロ」と同じ発想です。
それでいながら、ソナタの古典的な構造をそのまま踏襲しているのも面白いですね。神聖で穏やかな第2主題(下の譜例、属七和音が短3度で平行しておりドビュッシーを彷彿とさせます)は、
再現部になると邪悪なフォルテに姿を変える、という解説がされることも多いです。
楽譜について
まずラフマニノフについて、私が唯一持っているソナタの楽譜はヤマハがライセンスを受けて出版した下の楽譜なのですが、リプリント版ですし今となっては選択肢が他にあると思います。第2番は改訂版のみ。
手に入れやすい楽譜としては、平井丈二郎氏校訂の全音版になるでしょうか。昔ちらっと立ち読みしたときの記憶で恐縮ですが、1ページ辺りの小節数が少なめで見やすさ重視の内容となっている印象でしたが、当然ページめくりの回数は多くなります。こちらも2番は改訂版のみです。
平井氏のラフマニノフの楽譜は、私が持っている前奏曲や音の絵の譜面を見る限り、本格的な原典版とは言いがたいですが、ペダルや運指(作曲者と校訂者のものをきちんと区別している)、疑義がある音について一通りの言及はありますので、一応信頼してよいのではと思います。
第2番の初版を入手したい場合は、ヘンレ版という選択肢もあるようです。
これは2番のみの収録で、初版と改訂版の両方が収録されているようです。運指はなんとアムランが振っているそうですが、私はこういう触れ込みにはちょっと身構えてしまいます。昔、シフが運指を担当したヘンレ版の平均律1巻を買って、そのクセのある指使いに後悔した思い出があるので……
次にスクリャービンですが、私は先ほどの平井氏の全音版を所有しています。楽譜に関する注釈は、ラフマニノフのものに比べてかなりあっさりしています。5番までが上巻、6番以降が下巻の2巻に分かれています。
他の楽譜は……と思って調べてみると、ベーレンライター版が出ているそうですが、分冊で細かく分かれている上にまだ未完らしい?とりあえず公式サイトの第1巻のリンクを張っておきます。