空虚5度だっていいじゃない、というオーケストレーション

オーケストラ曲を作るときは、だいたいピアノを使ってスケッチすることになりますが、ピアノで鳴らした時は爽やかな響きだと思っても、いざオーケストラ音源で打ち込みしてみたら、なんだか暑苦しくなってしまうと感じることが多くて、イメージ通りにいかず結構悩みのタネになっています。

そういえば、和声法など作曲の基礎としては、和音の構成音をしっかり揃えて、音の響きを充実させるように書くのが基本のはずです。これを実際の制作、特にオケのような大編成でセオリー通りに実践すると、ちょっと響きがクラシカル過ぎて面白くない……という結果になっている感じです。

そこで、「重たくない」オーケストレーションを目指すため、色々なオケスコアを眺めてみたら、3度の音程を抜かした「空虚5度」の響きが効果的かも?というヒントを発見しました。例えばドミソの長和音であれば真ん中のミを除いたドとソの音だけ鳴らすというやり方ですね。

空虚5度の響きは、ピアノで鳴らすと文字通り空っぽで満たされないサウンドですから、なかなか積極的に使って来なかったんです。でも、倍音が豊かに鳴るオーケストラの場合、3度の響きを省略することでかえって風通しのよい響きになるという例をいくつか発見しました。ありがとう、ドビュッシー先生!

ということで、ドビュッシーの管弦楽作品から、聞いた感じは長和音に聞こえるのに、スコアを開いて初めて「これって空虚5度だったんだ!」と判明して驚いた部分を2つほどご紹介します。

「海」1楽章のラスト

トランペットの旋律が最高の盛り上がりを作る部分ですが、金管セクションを抜粋してみました(TpはF管です)。

「海」の金管パート

譜面の最初で、変ニ長調の主和音「レbファラb」のうち、第3音ファが抜け落ちています。ホルンかトロンボーンにF音(ホルンの場合、記譜上はC)があってもよさそうですが、ありません(もちろん他のパートにもありません)。第3音を省くことで、力強さのありストレートで爽やかな響きになっています。

個人的な好みとして、この部分の金管は音量的に頑張りすぎないほうがいいと思います。上の譜面ではトリミングしてしまいましたが、木管楽器の重要な動機(シbラbファミb~)が聞こえなくなってしまった演奏も多いので……

ところで、初版スコアの表紙に浮世絵ではおなじみの「神奈川沖浪裏」が描かれていることで有名なこの作品ですが、そのイメージが影響しているのでしょうか、何度この曲を聴いても「これって日本の海なのでは?」としか思えない作品です。多分、付加6音や空虚音程(の平行)による響きが東洋的なムードに聞こえるのだと思いますが、なんとも不思議です。

「春のロンド」の主題部分

「管弦楽のための映像」の1曲で、とにかく春爛漫です。実は、ドビュッシー単独のオーケストレーションではないということですが、それはさておき、リズム・楽器の使い方など細部まで練られた管弦楽書法が見事です。特に弦楽器のデイヴィジ(分奏)の使い方がとても参考になります。あえてプルトの半分だけ弾かせることで線の細さを出したり、ソロの使い方も大変効果的。

この曲でおそらく一番主要な主題が下のイ長調の旋律となるのでしょうが、金管と弦楽器のみ抜き出してみました。やはりイ長調の主和音「ラド#ミ」の第3音、ド#が(強拍では)省略された響きになっています。実際に聞いてみるとまったく「空虚」な雰囲気ではないところにびっくりです。

とにかくオーケストレーションが細かいので、譜面はいかにも難しそうで、なかなか演奏機会に恵まれていないのが残念です。「管弦楽のための映像」は「イベリア」の3曲だけでプログラム的に十分だというのも理由にあると思います。