クープランの墓「リゴードン」など、平行和音を研究してみる
ラヴェルの組曲「クープランの墓」でもひときわ華やかで楽しげな楽曲の「リゴードン」。管弦楽曲版はオーケストレーションの妙技が光るこの曲をラストに持ってきています。
和声の不思議感、面白さに役立っているのが「平行和音」。和音を調性に関係なく、クロマチックに平行移動させることで、古典和声にない不思議なサウンドを作り出します(ドビュッシー「沈める寺」のようにダイアトニックな平行和音もあります)。例えばこちら。
四角で囲んだ部分のフレーズを古典的な和声に直すとこうなるはず。II-V-Iという、極めてベーシックな進行が根底にあることに気づかされます。
和声をシンプル化すると古典的な骨組みが見えてくるのは、「フォルラーヌ」にも共通すること。こちらはまた別コラムを書く予定です。
ドビュッシーの平行和音
ところで「平行和音」というとラヴェルよりドビュッシーのイメージが強いかもしれません。ドビュッシーの場合はまさに印象派的な、雰囲気をぼかす用途での使用が多いと思います。例えば「映像」第1集から「水の反映」ではこのような感じ。短3度ずつ上行※していますが、この短3度進行はドビュッシーの平行和音で度々用いられます。
※F-Gisは増2度進行ですが、クロマチックな進行のため異名同音は同一に考えて(Gis=As)よいはず。記譜をシンプルにするためシャープで書いているのだと思います。
次に「ピアノのために」の「サラバンド」。組曲中ではこの曲のみ、ラヴェルによるオーケストレーション版が存在します。まずは、長三和音(こちらも短3度進行)と属七和音での平行の例。
それから、厳かな中間部。またもや短3度進行です。どこか満たされない響きとなる低音4度を逆手にとり、凛とした空気を作り出しているポイントにも注目です。
いずれも独特の浮遊感を演出しているやり方ですが、「リゴードン」のようにコミカルな面白さを引き出す平行の例は、ドビュッシーにだってあります。前奏曲第1巻「ミンストレル」から。
転調は唐突ですが、和音の並びはIV-V-I-VI-IV-Vの機能的な進行ですね。このパッセージは、曲の筋を無視した宮廷芸人(ミンストレル)の一発ギャグというイメージだと思っています。そういう意味では、平行和音をごく自然に旋律になじませる「リゴードン」の方が巧みと言っていいのかもしれません。
ラヴェルの平行和音
ラヴェルに話を戻しますが、平行和音の使用例は印象主義的なスタイルを持つ初期に多く見られます。組曲「鏡」より「蛾」の冒頭がまさにそれ。左手が属七和音での平行になっています。
ドビュッシーの晩年はどんどん無調に向かって行きましたが、ラヴェルの作品はどんどん古典に回帰して行く傾向です。したがって中期以降は、平行和音を使う際に調性の迷子感をなくすため、バスの保続音をしっかりキープしたうえで平行させる書き方が多いかと思います。例えば、「ハイドンの名によるメヌエット」の例を挙げてみます。
平行和音によるおぼろげな感じを出しつつも、バスのH音のおかげで、これ全体がホ短調のドミナントとしてしっかり機能しているのがわかります。
補足 古典・ロマンの例
実は調性から離れた平行的な進行は、今では古典と呼ばれる時代の曲でもちゃんと存在しています。ハイドンの「アンダンテと変奏曲」では、こんなパッセージも。
こちらは井上直幸氏のDVD「ピアノ奏法」1巻の解説冊子で取り上げられていました。「この作曲家の作品はどういうスタイルで弾くか」に対するヒントがたくさん得られる素晴らしいDVDです。
このような半音階的扱いが頻繁化するのはロマン派の時代になってからで、目立つのがショパン。遺作ワルツで、明確な例を見つけました。
このゆるやかに下行する進行で一つ連想したのが、ホ短調プレリュード。ワルツの例はふんわりと降下するイメージですが、こちらは気持ちのどんより沈んで行く様が表れているような気がします。平行和音ではありませんが見比べると面白いのでご紹介。
このように、半音進行の例は簡単に見つけることができます。ドビュッシーが革新的だったのは短3度や(今回は取り上げませんでしたが)減5度進行によるなんとも不思議な響きを作り出したこと。減5度はポップスでいう「裏コード」の考えにしっかり活かされていますが、この辺りも後日検証してみたいと思います。