教会旋法は「井戸振り見えろ」のゴロで覚えよう。各曲の使用例も
「教会旋法」は、簡単に言うと中世の教会音楽のベースとなっていた旋法です。現在、教会旋法というと以下の7つのスケールのことを指します。
長調・短調の考えが確立されてくると、教会旋法は実際の作曲でほとんど用いられなくなりました(対位法の勉強など、基礎トレーニングで使うぐらい)。ところが20世紀辺りになり、ドビュッシーなどの作曲家が新しい響きの追求として教会旋法を再び取り入れます。
これを経て現代では、色々な曲で教会旋法が普遍的に使われています。例えば、ジャズのアドリブでは、コードネームに対応する音階(※)を説明する際に教会旋法が用いられます。
※「アベイラブルノートスケール」というもので、例えば「Dm7のコードではDドリアンスケールが使える」のような説明がされます。
ということで音楽理論を勉強する際は、クラシックであろうとポップスであろうと教会旋法から逃げることはできず、1つ1つ名称を覚えなければいけないので大変です。これがネックになって、理論書を投げ出してしまうケースも少なくないと思うのです。
上の表では「ミの旋法」のように主音をもとにした呼び方も一緒に載せました。フランス系のクラシック理論書ではこういう書き方で分かりやすいのですが、あまり普及している表現とは言えないので残念です。
語呂合わせで覚える!
ところで、覚えにくい事項は「いちごパンツ(1582年)本能寺の変!」のように、語呂合わせにしてしまうのが便利です。私の場合、7つの教会旋法は「井戸振り見えろ」のフレーズで覚えればいいよという話を聞き、実際にそれでちゃんと覚えることができました。
井戸をのぞき込むと、何者かが出現!驚いて一目散に逃げ出すものの、恐る恐る振り返って井戸を見てみるわけです。すると、お菊さんの亡霊がお皿を「一枚、二枚……」と数えている。こんな感じでしょうか?
これを寝る前に3回唱えれば、3日後にはきちんと覚えられていると思います(一応、私の経験上!)。
名曲での使用例をご紹介
ここで、教会旋法を用いた名曲(ほとんどクラシック曲、ほんの少しジャズ)をいくつか挙げてみたいと思います。やはり、教会旋法を積極的に使用した近代以降の作品がほとんどとなります。
イオニア(ドの旋法)
長音階と同じ並びで、あえて教会旋法として扱われることはほとんどありません。
ドリア(レの旋法)
短調の響きを持ちながら、第6音による柔らさが特徴的。教会旋法ではもっとも使用頻度が高いといえます。ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」より、しめやかな中間部はいかにもドリア旋法的です。
同じくラヴェル、高雅で感傷的なワルツの2曲目も同じ雰囲気を持っています。
そしてバルトーク「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」4楽章の、ほんのり哀愁ただよう旋律も印象的。
ドリア旋法はジャズでも非常に重要で、教会旋法による「モードジャズ」の基本ともいえるスケールです。”So What”, “Impressions”, “Little Sunflower”の3つが御三家的存在。
フリギア(ミの旋法)
音階を弾いてみるとなんだか正体不明感のある旋法。ブラームスの第4交響曲の2楽章出だしは、このぼんやりした印象をうまく引き出しています。全体的に黄昏れた雰囲気のあるシンフォニーですが、その代表例とも言える旋律です(ホルンの実音は1オクターブ下げて読んでください)。
一方で、スペイン風のエキゾチックな響きも持っており、ラヴェルの楽曲によく見られます。「スペイン狂詩曲」の、マラゲーニャ(上)とハバネラ(下)の譜例です。
譜例を作った後で思い出しましたが、リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」の冒頭もフリギア旋法で、こっちの方がわかりやすかったかも?でも、あれはハンガリー音楽ではないんでしたっけ?ロマ音楽?……きちんとご説明できないので今回は省略させていただきます。
それから、是非とも取り上げたかったのが、マーラーの交響曲2番(復活)第5楽章の合唱が入る直前、鳥のさえずりが聞こえる部分です。ステージ外から聞こえる金管やティンパニのこだまもかっこいい!これはオケスコアをそのままご覧ください。
リディア(ファの旋法)
第4音の浮遊感に特徴があります。ファから始まり、ソ、ラ、シと全音が3連続するのですが、これは「トリトヌス」という悪魔の響きとされ、対位法全盛期にはものすごく嫌われていたようです。
ですから、シの音を半音下げるのがよく行われてきました。でも、こうするとただのヘ長調になってしまいます。こうやって、たくさんあった教会旋法は長調と短調に集約されていったのだと思います。
後の時代では、その独特の響きを逆手にとった旋律が多いです。もう一度バルトーク「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」から、4楽章の冒頭主題。弦楽器をギターのようにジャカジャカかき鳴らす、バルトークらしい伴奏音型に乗せたメロディーです。
そしてストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」より「ペトルーシュカの部屋」。悲哀ともどかしさに満ちた旋律です。オクターブ記号を書き忘れましたが、1オクターブ上の、ピアノのキラキラした音域を使っています。
なお次の「ムーア人の部屋」でもリディア旋法が使われています。ペトルーシュカの粗末な部屋に比べて、こちらはかなりゴージャス。扱いの差が露骨です。
それから譜面は省略しますが、ドビュッシー「喜びの島」の冒頭主題も典型的なリディア旋法の使用例です。
ミクソリディア(ソの旋法)
開放的で少しだけ緩やかな響き。ラヴェルの「ボレロ」がわかりやすいと思います。
そしてバルトーク「管弦楽のための協奏曲」より、終楽章のちょっとユーモラスなトランペットをご紹介。5つの音からなる旋律なので、厳密にはミクソリディア旋法と言いがたいかもしれませんが、実は日本の陽旋法と同一です。
反対に、凛とした雰囲気になっているのがストラヴィンスキー「春の祭典」第1部4曲目の「春の輪舞」です。耳を刺激する響きの多い同曲中で、ひときわ目立つメロディアスな部分です。
ジャズでは、ミクソリディアを使ったモードジャズの曲に、マッコイ・タイナーのPassion Danceがあります。
エオリア(ラの旋法)
自然的短音階と同じ並びで、通常の(古典和声の)短調に比べてさっぱりとした響きに聞こえると思います。例えば、ラヴェル「ツィガーヌ」。装飾音符の臨時記号は無視してください。
もう一つの例として、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番より、3楽章の冒頭部です。
最後が「ミファラシドミ」の日本の陰旋法(都節音階)と一致します。このことから、プロコフィエフは「越後獅子」から借用してこの旋律を書いたという説がありますが定かではありません。
ところでエオリア旋法を用いると、終止がすこし物悲しい雰囲気になります。ラヴェルのピアノ協奏曲、2楽章のフルートソロを見てみると、やはり感傷的な終わり方でピアノにつないでいきます。
同じ終止の形は、またもやラヴェルで恐縮ですが初期作品「古風なメヌエット」にも見られます。★印の終止の響きにご注目。
先の2例はいずれも最後の主和音を長調化する(ピカルディのI)ことで、響きを柔らかくしています。
ロクリア(シの旋法)
作曲で積極的に用いられる旋法ではないため、実例があるかどうか不明です。ジャズの場合、短七和音の第5音が半音下がったコード、例えばBm7(♭5)ではBロクリアンスケールが使えます。アボイドノートを避けるために第2音を半音上げた「オルタードロクリアンスケール」も便利です。
最後に
ここまで教会旋法についてご紹介しましたが、記事をコンパクトにするため書きたいことを大分抑えて書きました。特に「フリギア終止」「ドリアのIV」など、教会旋法の名前がついた和声法の用語などは、いずれ別コラムで補足したいと思います。