アップライトでラ・カンパネラの連打が弾けなくても、あなたのせいじゃないんです
同じピアノでも、グランドピアノとアップライトピアノはメカニックが大分異なるため、「アップライトは性質上限界があって……」という話は、ピアノを弾く方ならどこかで聞いたことがあると思います。ピアノの練習について真剣に考えてみると、確かにアップライトピアノではきれいに弾けないフレーズや、そもそも演奏不可能なフレーズが結構多くあるんだなと思い、記事にしてみました。
タイトルのリスト「ラ・カンパネラ」の中間部もその一つで、4, 3, 2と指を変えていく同音連打ですが、私も昔アップライトでそれなりに練習したことがあるものの、結局グランドピアノでなければ演奏が厳しいんじゃないかと結論を出しました。
こういうことに気付いていれば、無駄な努力で時間を消費することもなくなるでしょうし、他のピアノを借りてみるなど練習を工夫することもできるかと思います。それでは、もう少し細かく見ていきますのでお付き合い下さい。
連打性能の問題
グランドピアノは1秒に14回の連打が可能だと言われています。これに対してアップライトピアノでできるのは1秒で7回の連打、つまりグランドの半分の性能にとどまっています。
回数より重要なのは、グランドピアノは鍵盤が上がりきらない状態から連打できる「ダブルエスケープメント」の仕組みがあることで、速いばかりでなく繊細なコントロールも可能となります。
アップライトピアノは離鍵後、鍵盤が完全に上がったタイミングで連打しないときれいな音が鳴らないため、スピードは出ませんし音量の調整も難しいです。
もちろん、グランドピアノ同士でも、サイズによってアクションが違ってくるため弾き心地にはっきりとした差が出てきます。普段3型(奥行き180cmくらい)のグランドで練習していても、ホールに置いてあるようなフルコンサートグランド(奥行き270cm以上)、特にスタインウェイなんかに触ってみるとレスポンスが軽快で、もう家に持って帰りたくなるような気分にさせられます。
当ブログでは自作のピアノ曲の音源と楽譜を公開中です!
実際に計算してみた
ここで、ピアノの連打性能をミリ秒で計算してみると、こうなります。
- アップライト(7回/秒)……約143ミリ秒
- グランド(14回/秒)……約71ミリ秒
これを、先ほどのラ・カンパネラの同音連打と比較してみます。ルバートでテンポが揺れやすい部分ですが、個人的に付点4分音符で速度52がいいところだと思います。この中に音符が12個入るので、音符1つ当たりの時間をミリ秒に直します。
60/52/12*1000=約96ミリ秒
こうなりました。アップライトの限界である143ミリよりもかなり速いスピードです。次に、他の箇所でも検討してみます。2, 1, 5と指を変えるこちらの連打はどうでしょうか。
こちらは付点4分音符で65のテンポとして計算すると、
60/65/9*1000=約103ミリ秒
ですが、やはりこれも厳しい感じ。今度は別の曲で見てみましょう。ラヴェルの「朝の道化師の歌」の、スネアドラムを鳴らすような同音連打です(私のブログは、なぜかラヴェルの出現率が高いような気が。意図的にやっているわけではないのですが……)。
指定テンポは付点4分音符で92。音符1つあたりの速度は
60/92/9*1000=約72ミリ秒
となり、グランドピアノの限界に迫るという結果になりました。でも、これはあまりに速すぎるので、もっと実践的なテンポ、付点4分音符あたり80として計算すると
60/80/9*1000=約96ミリ秒
でした。「ラ・カンパネラ」の最初に挙げた例と同じぐらいのスピードということですね。やはりアップライトではキツいです。
ところでこの記事を書いているのは2021年7月末、まさに東京オリンピックの真っ只中です。開会式で上原ひろみさんが弾いた曲(Spectrumというタイトルらしい)は、テンポ約84で「ラララララミド……」という7連のリズムが続きます。音符1つあたりの時間を計算してみると
60/84/7*1000=約102ミリ秒
と、こちらもアップライトでは難しい高スピードで弾きこなしているのがわかります。
この演奏は歌舞伎とのコラボでしたが、演出面で「うまくマッチしていたか」どうかはかなり評価が分かれているようです。個人的には、初期の「ちびまる子ちゃん」に出てくる「お刺身に生クリームをつけて食べる」というセリフが浮かんできました。せっかくの魅力的なパフォーマンスなのに、なんだかもったいないような……
アップライトで難しい表現は他にも
繰り返しになりますが、アップライトピアノはきちんと鍵盤が上がった状態で連打しないといけません。このため、スピードはそれほど要求されなくても、弱音で同音連打する表現はかなり苦手です。メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の11曲目「聖母の初聖体」で、だんだんと弱くなり最後はピアニッシモで終わる連打がありますが、アップライトだとスカスカになってしまいます。
(楽譜にメモしている運指は気にしないで下さい……多分、指くぐらせせずに54321と弾く方がいいと思います)
この連打はなんでも、幼子イエスの心臓の鼓動を表しているんだそうですが、これが歯抜けになると、赤ちゃんなのに飛び飛びの不整脈という、かなり不健康な結果に……
他にも、またしてもラヴェルで、夜のガスパール「オンディーヌ」も弱音の同音連打が要求されます。穏やかに弾かないと、水の精というよりスイミングのバタ足みたいになってしまいます。
同じ問題で、バロックの繊細な装飾音やトリル等もアップライトの苦手分野だと思うのです。自分の技術不足を楽器のせいにするな!と言われたら、返す言葉もありませんが、それは都合よく脇に置いておいて、イギリス組曲の第1番から爽やかな「クーラント2」の譜例を挙げてみます。
アップライトだと、高い位置からトリルやモルデントを弾かなければ音が明瞭に鳴らないので、なかなか軽やかにいかなくて……ピアノを勉強する人が、無意識のうちに「ハイフィンガー」奏法(指を高く持ち上げて鍵盤を弾くやり方。脱力の観点から良くない演奏法とされている)になってしまう現象は、アップライトピアノと無関係ではないと思うのですが、いかがでしょうか。
あと、バッハのクラヴィーア作品はノンレガートのタッチで弾くことが多いと思いますが、鍵盤の戻ってくる感触はグランドピアノのほうが軽やかなので(重力で自然にハンマーが降りてくるから?)、フレージングがゴツゴツしにくく、軽やかでスムーズになるような気がします。
それから、グランドの方がダイナミクス幅が大きく、強弱を明確につけやすいので、例えばフーガで内声を際立たせたいときにあまり苦労しないというメリットもあると思います。
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じゃあ、どうすりゃいいのさ
というわけで、こういう箇所はアップライトで練習をしても成果を上げられないどころか、変な癖がついてしまう危険性もありそうです。定期的なグランドピアノでの練習が必須になるかもしれません。その際に連打やトリルなど、アップライトとの違いを感じながら練習してみるのをオススメします。
自治体によっては市民ホールで「ピアノ開放」事業を行っているところもあります。コンサートのない時間帯にホールの立派なピアノを貸し切りで使えて、なかなかリッチな気分に浸れます。私のところは隣の市でやっていて1時間2,000円。反響板を立てると500円プラスですがなくてもまあ大丈夫でした。ピアノはスタインウェイDかカワイ(たぶんEX)を選ばせてくれます。
その他、「レッスン室のレンタル」を行っている教室等を探してみてはどうでしょうか?私がグランドピアノを手に入れるまでは、ヤマハ音楽教室の特約店となっている楽器店を利用させてもらっていました。1時間1600円ほどで、ヤマハC3が置いてある練習室を使えます。一応県庁所在地まで出向けば、ベーゼンドルファーなど弾けるスタジオもあるみたいですが。
連打やトリルの練習については、自宅で電子ピアノを活用する方法もあると思います。ただし、安価なものだと鍵盤のタッチが軽いですし、あくまで妥協案ということになります。使う機会は少ないですが、電子ピアノなら真ん中のソステヌートペダル(特定の音だけ伸ばす)もきちんと再現できますので、そういった練習にも利用できます。
なお、「グランフィール」という、アップライトピアノに取り付けることで、グランドピアノのような機動性を得られる装置もあるそうです。楽器の技術革新もすごいもので、世の中にこんな便利なものが存在するとは驚きです。