ウクライナ情勢のニュースが辛い方に聴いてほしい、ホロヴィッツ演奏の「舟歌」

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1ヶ月経った、2022年3月24日にこの記事を書いています。連日その惨状がニュースで伝えられ、本当に辛い気持ちになるのですが、音楽関連ではロシアのピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーがTVのトーク番組内で、キエフの包囲・電力遮断ができないかと発言したとのことで、これにショックを受けたファンも多くいらっしゃると思います。

ロシア人ピアニストの発言が波紋 キエフへの電力遮断呼び掛け(2022年03月17日、時事通信の記事)

これについて、ネットの反応を見ていたら「ホロヴィッツがこれを聞いたらどう思うのかな」という書き込みがあって、ここでホロヴィッツはキエフ出身だということを(実は違うという説もあるらしいのですが)初めて知りました。

それでちょっと久しぶりに演奏が聞きたくなって、晩年に弾いたショパンの「舟歌」を流してみたら、なんだか涙が出そうになって……(下のプレイリストの17曲目です)

ピアノって、1音1音がバラバラな楽器のはずなのに、どうしてこんなに歌声のような綺麗なレガートが奏でられるのでしょうか。

個人的に「舟歌」で好きなのが、20小節目以降のこの部分。平行調のドミナントで長調と短調のはざまを揺れ動く不安定な響きが、聞くたびに心を揺さぶるんです。

「舟歌」の譜面

練習したことのある方は、この部分の複声部の処理が大変難しく、親指に引っ張られてトリルがきれいに鳴らなかったりリズムがギクシャクしたりという技巧面の苦労を必ず経験すると思います。

技巧というと、ホロヴィッツがお年を召してから残したショパンの録音は、ちょっと触ったら壊れてしまいそうな危うさのある演奏が多くて、決して端正ではないのですが、それでもなぜか繰り返し聞きたくなる不思議な魅力、美しい響きがあります。

先程のアルバムの最後から3番目、バラード1番はフォルテッシモの部分でさえとてもはかなげな演奏です。それから最初の幻想ポロネーズ、何かと散漫な演奏になりがちですが、1つの人生のドラマのように語ってくれる説得力があります。

リヒテルもウクライナ出身

リヒテルはヤマハのピアノを好んで弾いていたということで、親近感のある方も多いかと思います。私としては、昔コンサートで曲目を決めるときにリヒテルの演奏で「これにしよう!」と決めた思い出がありましたので、すごく個人的なお話になるのですがご紹介させていただきます。

その曲というのがベートーヴェンのピアノソナタなのですが、ほとんど忘れ去られたような存在の22番ヘ長調(Op.54)です(下の5~6曲目)。ワルトシュタインと熱情の間に挟まれ存在感は薄く、規模は小さくて構成美のようなものは一切ない気まぐれな曲想なのですが、リヒテルがその隠れた魅力を教えてくれました。ベートーヴェンというと、リヒテルの相方……じゃなくて双璧をなすギレリスの方が人気があるのかも?と思ったりしますが、このソナタの1楽章のあどけなさ、2楽章のフレッシュな躍動感はリヒテルならではだと思います。

感情を大きく揺り動かす曲ではない分、肩の力を抜いて作品に取り組めたというか、純粋にピアノに向かう楽しさを知るきっかけとなった録音でした。

ところで、こうやって記事を書きながら昔聞いた曲を聞き直してみると、その当時どんなことをしていたか、何を食べたか、どんなことを考えていたかなど古い思い出がかなり鮮明に蘇ってきて、音楽が人に与える影響というのは決して少なくないなと感じております。村上春樹さんもこうおっしゃって、先日「戦争をやめさせるための音楽」というラジオ番組をオンエアしたそうです。とても印象に残る言葉です。

音楽に戦争をやめさせることができるか? たぶん無理ですね。でも聴く人に「戦争をやめさせなくちゃ」という気持を起こさせることは、きっと音楽にもできるはずです。そしてそういう気持ちが集まって、少しずつでも力を持っていくかもしれません。