ピアノ協奏曲の難易度、勝手にランク付け
2021/11/10にちょっとだけ更新。バルトーク1番(偏69)を追加しました。2番(偏75)と譜面の見た目は似通っているのですが、結構難易度の開きがあります。
以前にピアノ協奏曲を製作していた中、ふと思いついたのが「有名なピアノ協奏曲の難易度って、どうなっているんだろう」ということ。ピアノ独奏曲については偏差値をつけるなど色々話題にされているところですが、一流プレイヤーでないと協奏曲の演奏機会なんかは滅多にないだろうし、あまりランキング表のようなものは見たことありませんよね。
でも、コンチェルトというのは名人芸(ゔぃるとぅおーじてぃ?)を発揮する格好の場なわけだから、聴く側としてもある程度難易度がわかれば面白いのではないかと。そこで、ここはランキングを自分で作ってみようと思いたち、代表的なコンチェルトの楽譜を譜読みしつつ偏差値のような形でまとめてみました。
ピアノ独奏曲は、5chの偏差値ランキングでは
- 50……子犬のワルツ、トルコ行進曲
- 60……黒鍵・革命のエチュード、月光ソナタ3楽章
- 70……ハンマークラヴィーア1楽章、ショパン前奏曲の8, 16, 24番
- 82……鬼火・スカルボ・イスラメイ
という感じの評価でしたので、これを参考に数字をつけてみます。
もちろん、ピアノ技巧の「難しさ」にも色々ベクトルがありますし(跳躍、指回り、ポリフォニックな処理……)、芸術的表現などは評価不可能なためものすごく乱暴なまとめ方ですが、一つのお遊びとして気楽に捉えていただければと思います。
対象は古典~近代で、演奏機会の比較的高い作品をピックアップ。ただ、メンデルスゾーンやサン=サーンスを1曲も入れなかったのに、ラフマニノフはあまり演奏されない4番まで取り上げましたので、選曲がちょっと偏っているかもしれません。
なおこの記事は画像がほとんどないため、ところどころCDジャケット(Amazonアソシエイトのリンクあり)を挿絵的に載せました。私は録音の聞き比べをほとんど行わない人間ですので、「私のイチオシ!」という意味ではありませんし、演奏に対するコメントも控えさせていただきます。
ランキング発表前に
せっかくですから、私のピアノ協奏曲もちょっとだけお聴きください。今回のランク表だと58~60あたりかな……と思っていたのですが、出来上がったものを引いたら結構難しかったです。こうやって難曲が生まれるんですね。
それでは、いよいよ発表です。
偏差値70〜
76 ラフマニノフ3番
ランキングのトップにこの曲を持ってくるのはわざとらしいと思ったのですが、色々譜読みしてみてやっぱりこれしかないと再確認した次第です。技巧を見せつけるためではなく、音楽的欲求から生まれた綿密なピアノ書法。音の洪水に埋もれずにメロディーを浮かび上がらせ、ピアノという音の減衰する楽器でいかに息の長いフレーズを歌わせられるかが勝負です。曲全体が難所のカタマリですが、その中でも1番大変なところはどこだろう?少なくとも1楽章カデンツァ(Ossia)ではないと思うのです。3楽章冒頭は手を広げる・丸める動作の機敏な切り替えが大変そう(ショパンの練習曲Op.10-4も、音型は違うものの似たような課題を持っています)。3楽章再現部前の素早い重音パッセージは譜面上とても難しく見えますが、リストの「鬼火」のような理不尽さはなく、手に馴染ませればしっかり鳴るよう合理的に書かれていると思います。ラフマニノフの難所は和音連打やオクターブよりも、細かいパッセージに集中している傾向です。
75 バルトーク2番
泥臭くて民謡を思わせる旋法的なメロディー、野生的なリズム感、いかにもバルトークです。手が小さければ難易度はプラス3、というか門前払い状態。1楽章の5度の堆積和音(リストのメフィストワルツ1番の冒頭のような)を強打するフレーズ、2楽章中間部の連打を含む細かいパッセージが難易度をプッシュしています。反対に、とても激しく聞こえる3楽章は単音の旋律が多く、実は難易度低めです。前作()と同じくらいでしょうか。
74 プロコフィエフ1番
フレッシュで時代を先取りする作風。この人やバルトークはピアノの取り扱いが打楽器的・サーカス技的で、ラフマニノフの難しさと方向性が正反対。学生時代の作品ということで、技巧へのこだわりを強く感じますが、これがどれほど演奏的効果につながっているかは少し疑問です。
73 プロコフィエフ2番、ラフマニノフ4番
プロコ2番は1楽章カデンツァがカタストロフィックでとても格好よく、初めて聞いた時は衝撃を受けました。凍りつくロシアの大地の情緒をラフマニノフ以上に感じます。ただし全体的に音のテクスチャーが薄く、ピアノ書法としてはあまり洗練されたものとは言えない気も。
ラフマニノフ4番は渡米後の作品。1楽章は勇ましく始まった主題がいまいち発展せず、作曲に相当苦心していた様子が伺えます。技巧的な難易度もやや下がります。一方3楽章はどこか吹っ切れた様子があり、すっかりアメリカ色に染まったユーモラスで華々しいサウンドに。「トムとジェリー」みたいなカートゥーンのBGMにそのまま使えそうですね。
72 スクリャービン、ラフマニノフ・パガニーニ狂詩曲
スクリャービンの初期はとてもロマンチックでショパン的ですが、オクターブ連打など「左手のコサック」らしい動きも随所に見られます。
71 ブラームス2番、プロコフィエフ3番、ラフマニノフ1番
ブラームスについては「超難曲」などとされがちなものの、このあたりが妥当なラインだと思います。3度の重音でさらっと音階を弾かせるなど、さりげなく意地悪なのがブラームス。オクターブ移動の激しさなど、リスト以上にマッチョなピアノ書法の印象があります。
プロコ3番は「越後獅子」のエピソードを取り上げるまでもなく、日本人好みの快活さ・キレの良さがあります。前2作に比べると技巧面はやや抑えられているものの、ピアノはよく響き演奏効果は抜群で、よりスマートにシェイプアップされた印象。ラストのグリッサンドのように聞こえるフレーズは、映像やスコアを見ればすぐ分かりますが実はグリッサンドではありません。指1本につき2音ずつ白鍵を押さえて、アルペジオのように手首を回転させて弾くのですが、他の曲ではほとんど見かけないテクニックのためきれいに響かせるのはかなり大変です。
70 ショパン2番、ラフマニノフ2番、ラヴェル左手
ショパンのコンチェルトはピアノのワンマンショー的楽曲で好みは分かれるかも(私は大好きです)。比較的初期の作品ですが、1楽章左手の柔軟性がバラード4番やソナタ3番など後期を思わせる円熟味を持っています。
ラフマニノフ2番は、この曲でラフマニノフを知ったという方も多いのではないでしょうか。チャイコフスキーの面影を残す1番(ただし、改訂でかなりテコ入れされています)と比較すると、難易度は少しだけ易しくなりましたが、作曲の独創性の点ではレベルが格段にアップしています。テクニック的に大変な部分はごく一部に集中しており(反対に3番は簡単なところがほぼ見当たらない )、単音の旋律などあっさりしている部分も多めな印象。
ラヴェルの左手は、手が小さければ+2ほどアップ。手の届きにくい和音のバラし方は、フランソワがなかなか粋に処理しています。
ピアノの出だしが白鍵の五音音階なのでミスタッチしやすく、間違えると雰囲気台無し。再現部手前の高速ラグタイムのような跳躍も大変です。また、メロディーを歌わせる箇所では、広い音域を忙しく移動する中しっかりと左手親指で旋律を拾っていかなければいけません。しかし、片手なので「スカルボ」のように手の交差・ぶつかりの問題は生じませんし、難所でテンポルバートをきかせやすい曲調なので難易度は少し低めの評価に。カデンツァは他のラヴェルの曲と異なり、たっぷりと自分の感情をこめて、感動的に歌わせても許されると思います。
偏差値60〜
69 リスト1番、チャイコフスキー1番、バルトーク1番
超絶技巧といえばリストというイメージですが、冒頭の跳躍オクターブ以外は良識的な書き方をしています。ハンスリックが「トライアングル協奏曲」などと悪口を言った話は有名ですが、その理屈ならベートーヴェンのVn協奏曲はティンパニ協奏曲になってしまうと思うのです。
チャイコフスキーは超人気曲。冒頭の壮大なメロディが、その後もう2度と出てこないということで変に有名だったりします。チャイコフスキーのピアノ書法はリストと似ており、オクターブや和音の扱いが直線的なイメージ。1楽章展開部や3楽章コーダ前の激しいオクターブはちょっと力任せで強引な感じがあります。ラフマニノフやブゾーニだったらもっと上手く脱力できるように書いたのではないかと。
68 ショパン1番
ショパンの奏法カタログ。アルペジオ・重音の高度な技巧が凝縮されています。第1楽章は、オケの提示部とソリストの提示部の両方が出てくる古典的スタイルですが、「弦楽器ではイマイチだった主題が、ピアノで歌われ変奏されたとたんに息を吹き返す」といった評価をされることが多いです。確かにショパンのメロディは減衰楽器向きなんでしょうね。
1楽章の展開部で4度の半音階が出てきますが、英雄ポロネーズの出だしとよく似ています。ポロネーズの方は第1小節目でいきなり演奏者の技巧レベルがわかってしまうという恐ろしいフレーズ。バタバタさせずに涼しげな顔で、綺麗なレガートで弾きたいところです。
67 バルトーク3番
個人的にはプロコ3番程度の人気があってもよい作品だと思います。バルトークとしては珍しくホ長調のはっきりとした調性を持ち、どこまでも澄み切った印象を受ける作品です。難易度では2番とだいぶ開きがあり、1楽章に音域の広いアルペジオがある以外の難所はほぼなし。3楽章でフーガ的に音が重なっていく場面はワクワクします。
65 ブラームス1番
手が小さければ+3。ブラームス特有の手を大きく広げるトリルがきつい。例えば1と4の指でオクターブをつかみ、小指で2度上の音を弾くのですが、これを曲調に合うよう力強く響かせるのはなかなか大変です。
63 シューマン
似た音型が多いので(この辺りはショパン1番と対極です)、聞いた感じの華やかさより難易度は低め。シューマンは独奏曲の方にもっと難しい曲がたくさんあるような気がします。
62 グリーグ
冒頭があまりにも有名(アニメやドラマなんかのショッキングなシーンで流れるアレ)です。3楽章コーダだけ+2上乗せしたいところ。
61 ラヴェル(両手)
ブルーノートスケールやスペイン的なフリギア旋法など、斬新な響きが随所に。ロマン派以降のピアノ協奏曲は、何かとソリストが偉そうな顔でステージ真ん中に鎮座するイメージですが、こちらは茶目っ気たっぷりのお祭りのような楽しい作品です。「ゴジラ」の旋律のインスピレーションはここから?難易度はピアノよりオケ、特に木管楽器が難しそう。1楽章カデンツァ手前のオーボエのオクターブとか、3楽章のまるでピアノのアルペジオのようなファゴットの音型など、相当苦労すると思うのですがどうでしょうか。
偏差値50〜
59 ベートーヴェン5番(皇帝)
ベートーヴェンのコンチェルトは、オーケストラを上手く活かすようソロパートは極めて簡潔に書かれることが多いです。そのため、重厚なポリフォニーで書かれた後期ピアノソナタの方が難易度は格段に上。
(ベートーヴェン・ピアノソナタの難易度ランクの記事も作りました。)
58 モーツァルト21番、ベートーヴェン3, 4番
ベートーヴェン4番は、古典派の協奏曲の中ではイレギュラーでピアノ独奏から始まります。個人的な注目ポイントは、3楽章がいきなり主調ではなくハ長調(下属調)で始まるというフェイントをかけているところ。
57 モーツァルト20番
モーツァルトとしては珍しく激しいオクターブ奏法が多いため、作曲年代を考えるとかなりパッションを感じる作品。モーツァルトの人気曲は短調に集中する傾向がありますが(長調の作品が圧倒的に多いのに)、この曲がその最たる例と言ってよいかもしれませんね。個人的には、ブラームス1番、ラフマニノフ3番と合わせて「ニ短調ピアノ協奏曲の3台巨頭」と勝手に呼んでいます。
56 モーツァルト23番
モーツァルトは、特に演奏機会の多い3曲を選びました。この曲が一番難易度としては平易ですが、技巧的にひねくれたところがない優良作でもあるということです。最後のまとめとしてはアレですが、2楽章アダージョの美しい旋律を聴いていると、難易度ランキングなど俗っぽいことを考えることがちょっと恥ずかしくなりますが、まあいいか。